実務を主たる拠り所としてきた人間が、研究に足を踏み入れるにあたって身につけるのに苦戦するポイントのひとつに、正しく「巨人の肩に乗る」術を身につけるところがあると認識しています。 下手に経験があり、勘所もある分野だとおおよそ通りそうな論理立てを背景なしに作ってしまうので、あやふやなところを見いだせなかったり渉猟すべき先行文献探しに粗が多くなったりした経験があります。反省しつつ研究を遅々とではありつつも進める日々です。
かかるごとく、研究を通じて得られた視座が実務にも役立つと感じることがあります。「行きつ戻りつ」を厭わぬ研究姿勢や、現在の事象を分析するにあたって各時代において専門家が(たとい振り返ってみると誤りやズレがあったとしても)一生をかけて積み重ねてきた営為に対する畏敬と尊重を身に刻まれていっています。これにより考える深さは確実に増したと思います。
一方、ポンとそこに無造作に置かれているだけに見える書籍や論文、下手したらTwitterのTweet140字にさえもどれだけの社会的・文化的・学術的背景があり、しかも更新され続けているかに思いを致さぬ実務家も比較的いるように認識しています。表層だけをなぞっていて、なぜその話をするならこの論点を見ないのだろう、この分野を語るにあたってなぜその本を取り上げるんだろう、と感じてしまうことは多々あります。 世の中に本好きの方は多くいらっしゃいますが、選書の好みという差異を越えて信を置けない紹介も溢れています。私も書籍を紹介することがありますので、他山の石として、少なくとも自分で類書と照らし合わせて読み応えがあるか、自分の専門分野や実務経験からして価値があると思った本以外は読んでも紹介を書かないようにしています(そもそも危うい本はなるべく買わないようにしている)。とはいえ内容が不十分だからといって発信しないと何が足りないのかもわかりませんので、発信は多くなされた上で、個々が見抜く眼力を養うのが望ましいのでしょう。
眼力については、やはり何らかの体系を持った上で、先人の思考過程を追っていくと身につきやすいと考えています。 法学でいうと、本当に初心者の方はぱうぜたんの本とか読むといいと思います。「学び方」をインストールしてから、自分のやりたいこと、知りたいことには何が必要か、という視点で手繰り寄せるという趣旨です*1。
- 作者:横田 明美
- 発売日: 2018/07/05
- メディア: 単行本
現在私は法学の人ではないので自分の分野で言うと、経営学も読みやすい本、経営者の書いた本など様々ありますが、新しい概念、その他の考え方が出てきたら少なくとも教科書で原典を確認した上で日本語の論文を読み、可能なものは英語論文を取り寄せてアブストラクトくらいは読んだ上で業務で使うようにしています(研究においてはそこに留まらぬ読み方とまとめ方を試行錯誤中ですがそれはまた別の話として)。この繰り返しで、ちょっとしたディスカッションペーパー作成作業からも自分の血肉になる基礎の構築にはつながっていきますので。
一行でまとめると「批判的に読み、考えよう」ということですし、付け加えるならば、故十八代目中村勘三郎さんがテレビで話されたという「基礎がしっかり出来ていて、そのうえで型やしがらみを打ち破ることが型破りで、基礎も何にも出来ていないのに、あれこれとやることを形無し*2」ということでしょう。基礎がないのは結局は見透かされるという覚悟を持って実務家としてもやっていきたいですし、そういう覚悟のある人や書籍や思索にこれからも多く触れていければと願っております。
*1:「研究と実務」「解釈論と立法論」についての記載群も本エントリの趣旨と近似する関心かもしれません