対話の可能性と峻烈さと—『地道に取り組むイノベーション』を読んで

色々なご縁があって、北川亘太先生からご著書

をいただきました。読み始めてとても刺激を受ける・共感する部分が多く、著者の皆様には既に長めの感想文(Word数枚…)を送りつけてもしまったのですが、ぜひこちらでもご紹介をと思い、感想文のパーツを用いつつエントリにしました。

 

 

どのような成り立ちで、どのような内容を持つ本なのかは著者の皆様がnoteで公開されているのでそちらを読んでいただけばと思うのですが、

note.com

 

 

私がこれまで働いてきた過程で、企業の中において新しいものを産み出したいと思ってはいるけれど必ずしもその姿勢が整いきっていない人や、周囲を巻き込みきれなくて頓挫していくプロジェクトをいくつも見てきました。

  • うまくいかないのならばその程度のものなのだ
  • 周囲を巻き込むのも含めてチャレンジだ

と言ってしまうのは楽ですが、そのようなマッチョイズムで新たな種火を消してしまうほどに我々の社会に余裕はないでしょう。言い換えれば、拙速だったり不足点があったりする新規の試みでも、支援や多少の方向転換でうまく回りうるのならば手を貸し協働を図る必要がある、と私は考えています。ただし新しいものであるほど抵抗もありますし、何もかも真にわかり合って進めていくというのは理想論でしかありません。

 

本書では「対話」を繰り返してプロジェクトが進んでいく過程を、「当事者」「協力者」「観察者」それぞれの筆で記載されています。ここではわかりあえないことを前提にしつつの対話の重要性が示され、P.45の図にあるように「両者とも変わる前提で話す」のが対話であるという定義の元、様々な対話が描かれます。

プロジェクトにおける対話、組織における対話、そして共著者間の対話からは、検討対象が比較的小規模のUCI Lab.*1の中に閉ざされているということで逆に、内部の対話もしくは外部との対話という行動が可視化されやすくなり、有効な示唆が得られているようにも思われました(一種の実験環境のような)。

本書の中でも「営業の論理」として言われているような効率性や数字を追う姿勢は、事業を拡大し標準化して大きな収益をあげたいというこれまでの企業のロジックには即すものでした。一方で製品やマーケティングの個別適用が技術進化によって可能になっている中で、マスに向けた製品開発や広告が効かなくなっているのもまた確かです。そのある種の「誰か1人だけ」に届けるようなコミュニケーションやマーケティングをしていく行為への専門性のあり方は変わってきますし、コミュニケーションのあり方も変わってきており、本書でUCI Lab.がやっていることとして表出されてきたものは、新たな製品開発や組織のあり方にとってとても必要なものなのではないかと思われています。

 

一方で、205ページで「対話の影」と指摘されていることもすごくわかるところがありました。対話やコミュニケーションをある種の売りとして成り立つ営利組織はどうしても、そのビジョン・理念というようなものに共感できない人間を振り落としていく傾向があります(ビジネスパーソンが参考にするというジム・コリンズ「ビジョナリーカンパニー2」において「誰をバスに乗せるか」といっているような形)。これは能力だけではなく人の相性や共感というところで、密なコミュニケーションを取ろうと思うと、いわゆるところの心理的安全性・親密性がないと可能ではありません 。では世の中はそのような親密性をある種強要することでしか、価値を創り出せないのでしょうか。それはまた行き過ぎなのではないかなと思っています。当方もはっきりした解を有しているわけではないですが、ここは「影」と言わざるを得ないでしょう。

私もどうしても旧来のやり方にこだわって変わろうとしない人を責める、もしくは距離を置いた局面があるので、それこそ「対話」を通じて考えの異なる人とでもプロセスを共有して進めていくにはどうすればいいかは容易ならざる取り組みでしょう。対話とは斯くも厳しいものであり、しかし向き合う必要がある営為だと考えています。

 

なぜ本書に私がとても心惹かれるものを見出したかというと、

「ビジネスの論理という免罪符」のもとで行われるリサーチが果たして、真に「人間中心的な」あるいは「ユーザーの経験に寄り添ったリサーチになりうるのだろうか」(本書P.142)

 という問いにも現れる物事を見る姿勢が、私がここ数年もがきながら食いついている研究に対する思いと、しかし「現場」にもありたいと考える立ち位置とにリンクするところがあったからではないかと思います。事象の割り切れなさ・寄り添うしかない個別性に向き合う力が必要であると感じつつ、専門性というのはその個別性に対応できる力なので追求せねばならぬという切実さが、両輪を持つためにもがく私のモチベーションです。ビジネスをしているだけでも研究に没頭しているだけでもできないことです。

 

上記は私の立場からの感想ですが、イノベーションでも新規事業開発でも、用いるタームは何にせよ、現場で多数の人と真剣に向き合った経験のある方におすすめできます。ビジネス書とは異なる風合の読書にぜひ。

*1:本書の検討対象となる「イノベーション・エージェント」